2011-11-19

WORLD ORDER in WPC 2011


このパフォーマンスはちょっとすごいぞ。

Group name is 「WORLD ORDER」,Music by Genki Sudo /Takashi Watanabe, Words by Genki Sudo
2011年7月10日、ロスで開催されたマイクロソフト主催WPC2011のオープニングイベントに出演した際のパフォーマンスPV.。

2011-11-07

ありがとう Wine Tourism Yamanashi 2011

初めてのワインツーリズムが無事に参加終了。


山梨県に生まれてみたものの、勝沼・塩山を歩くという事は今まで無かったし、今回のイベントがなければ、今後も無かっただろう。
その1点だけでも、これに参加した事の意味があると思う。

実際に歩いていて思ったのは、「ただ歩くだけで楽しい」ということ。
どんな場所でも観光という旅に出れば必ず歩くのだけれど、こういう感想を持つ事は少ない。

「何故なんだろ?」と考えてみたら、「必ずこれを見なければイケナイ」という強制がひとつも無く、美味しいものを少しずつ口にしながら秋晴れの下にいる、というただそれだけの事が「大人になった」今だから楽しいと気付く。


でも、「大人になった」からこそ、目に見えない「ホスピタリティー」の重なり合いにより全体が形作られ、主催者・参加者の区別無く、そこにいる人たちが笑顔で楽しいこともわかる。
大人の遠足が楽しくなるには、良いホテルのホスピタリティーに近いものがどこかにあるような気がする。
続けて行くには、主催者サイドでは大事なコストとして認識しておかないといけないのではなかろうか?

来年、主催者やお手伝いの方たちは大変だ。
参加者にとって今年の経験が素晴らしいから、来年への期待値がもっと上がる。
成功により、自らのハードルが高くなっていくのだな、きっと。




来年も行けるだろうか?
来年も行きたい。





2011-10-27

Wine Tourism Yamanashi 2011 パンフレット到着!

ワインツーリズムの封筒が到着。


11月5日と6日に行われるイベント。
忙しかった仕事が終わった事も手伝って、今からわくわくしてる。

今まで何度も行ってみたいと思ったけれど、必ず別の用事の日程と重なり参加できないでいた。今年はやっと参加できる。

そして、このタイミングに合わせて各地からの友人が集まる会となった。
ブドウ畑やワイナリーを久しぶり(15年ぶりくらい?)に集まる友と話ながら歩くというのも、きっと楽しいに違いない。

2011-10-21

iPhone 4S from au by KDDI

10月7日に予約が開始されたiPhone 4S。

auユーザーなので、もし発売されたら欲しいと思っていた機種。
携帯電話の2台持ちは自分には面倒なので、このタイミングを待っていた。

せっかくだから移行の準備を行っておきたいと思う。
そうすれば、現在利用している携帯電話からスムースに移行する準備ができるというもの。

新しい製品への移行の際には、「大体データの引き継ぎの問題が起きる」というのが常なので。(操作に不慣れな事と、物理的に引き継げないなど。)
実機が無いなりに調べておく。


2011-10-16

甲斐市わくわくフェスタ @日本航空高校

ちょっとした関係で、わくわくフェスタに行く。

広い敷地に沢山のお店とすごい人。


その中に、ピカチュウの戦闘機。






2011-10-14

立川志の輔 独演会 in 甲府

昨日、文化ホールにて志の輔の独演会。
ここ数年見に行っている。
今年も面白かった。


演目は、

前座: つる(鶴)

志の輔: ハナコ(新作)、中村仲蔵


一つだけとても残念な事は、中村仲蔵の話が盛り上がっているまさにその時に、誰かの携帯の呼び出し音が鳴った事。


2011-10-13

お通し@かんすけ in 甲府

お通しと突き出しは、「お通し」は、店にやってきた客が料理を注文する、その注文を了解したという意味で出される、「突き出し」は、客の注文の有無にかかわらず先ず突出すとの意味とされています。

過日、クライアントと別のクライアントが経営するお店で食事したときの事。

お通しとしてエイヒレとエリンギの炙りがでました。
ちょっとした趣向ですが、良い感じですね。



代車@volkswagen

9月の下旬に法定点検の際に用意された代車。
たぶん2011年モデルのゴルフ。

今乗っている車よりも車重がかるいせいか、アクセルのレスポンスがすごく良かった。




点検や車検の時に、新しい車に乗らせてもらうのは面白いね。

2011-09-20

得々三文会@スターバックス

早起きは三文の徳。
とはいえ、やはり早起きは苦手。



2011-09-10

新しき時代のエンターテナー:Mikunopolis - Hatsune Miku Concert

仮想歌手に5千人熱狂 初音ミク 「ワールドイズマイン」 米国・ロサンゼルス
http://www.asahi.com/shopping/tabibito/TKY201109080263.html

Mikunopolis - Hatsune Miku Concert @ Anime Expo 2011 in LA
http://youtu.be/IkE9j_suKUc

人が演奏し、それと共に現れ歌うホログラム画像。そして、それに熱狂する人。
これがアイドルの原型でしょうか?



こちらは別な会場での映像。
Hatsune Miku - World is Mine Live Concert





2011-09-07

TEAM BLACK STARZ feat.G-Splash -エヴァンゲリオン- @上智大学

諜報員スタイルですね。


大学のメインストリートの風景、懐かしい。

2011-09-01

BEAU PAYSAGE @Four Hearts Cafe

Four Hearts Cafeにて、ワインのご相伴に預かる。

BEAU PAYSAGEのワインを2本。

2010年の出来たて?のワイン。
フレッシュで軽い口当たりだけど、時間と共に味が変わった。




そして、「よく残っていたなぁ」と思うPinot Noir 2005年。
ワインを深く語るほどの言葉を持ち合わせていないので、ただ言える事は、「美味しいねぇ」ということだけ。

とても、記憶に残る夜でした。





2011-08-27

映画「サウダージ」 甲府凱旋上映会 @桜座

もうすぐ上映開始。

来場者がすごい数。スケジュールが押している感じ。


2011-08-15

京都と姫路

ちょっと駆け足で行ってきました。




2011-07-30

Lionの準備 インストールDVDを作成

年内にMacBook Proのアップデートがあれば、Lionに乗り換えるつもり。

今から気になるのは、LionがアップルのApp Storeでのみ販売という事。
ということは、インストールディスクを自分で作る事が出来ないのだろうか?

調べてみると、既に、先人の教え。

備忘録として、リンク。

OS X LionのインストールDVDを作成する方法


How to Make a Bootable Install Disk of Mac OS X Lion
http://www.cultofmac.com/how-to-make-a-bootable-install-disk-of-mac-os-x-lion/105527


How to burn a Lion boot disc


Make a Bootable Mac OS X 10.7 Lion Installer from a USB Flash Drive


2011-07-16

How to find "Blue bird". これからの青い鳥の探し方

二日間にまたがったセミナーが終了。
変則的な進行だったけれど、概ね内容を網羅できたのではないかと思う。

やはり、活発なのは懇親会。
食事とお酒というのは、参加者のレベルが高いほど、議論を加速させるのだなと思う。



2011-07-10

NHKの受信料

地デジ対策をしていて、NHKの受信料はどうなっているのだろう?と考えた。

昨年の通帳を見ると、8月に25520円の口座引落がされていた。
ということで、我が家では「地上契約を含む衛星契約」の12ヶ月前払をしているということになる。

さて、BSデジタルを見ていると、「設置確認メッセージ」というものが表示されて、非常に邪魔。
どうすれば無くなるのかと検索してみるとヒット。
http://www.nhk.or.jp/digital/guide/faq/sa02.html#q02

現在、BS放送をご覧いただいて、NHKと衛星契約をしておられる方はBSデジタル放送を受信されるようになっても、料金はこれまでと同じ月々945円でお楽しみいただけます。 
新たにBS放送をご覧いただくようになられた方は、衛星契約が必要となりますので、NHKにお届け下さい。
既にBSの料金を支払っているので、連絡すれば、メッセージを解除してくれるらしい。

ところで、家庭内に複数のテレビがあることが多いこの時代に、「これらの受信料はどのように台数をカウントするのか?」という疑問がでてくる。

そこで、「BSデジタル 複数のテレビ」で検索すると、次がヒット。
http://pid.nhk.or.jp/jushinryo/know/qa.html#q1

Q: 家に2台テレビがありますが、受信契約は1つでいいの?

A:
放送受信契約は、世帯ごとにお願いしています。ただし、複数の住居にテレビを設置した場合は、住居ごとに契約が必要です。
ひとつの住居に複数台のテレビ(テレビ付携帯電話を含む)があっても、受信契約はひとつで構いません。テレビを設置した自家用車については住居の一部とみなすため、その世帯に契約があれば新たに契約をする必要がありません(家にテレビがなくても車にテレビがある場合は契約が必要です)。
二世帯住宅などのように、一軒の家の中に、生計が異なる2世帯が入居しており、テレビをそれぞれの世帯に設置している場合は、世帯ごとに契約が必要となります。
なお、別荘や別住居等、住居が複数ある場合は、住居ごとに契約をお願いしています。
親元を離れて暮らす学生や、単身赴任の方は、独立して「住居」を維持していますので、それぞれに契約が必要です。これらの場合、家族割引が適用されるケースがあります(「家族割引」はこちらでご案内しています)。
なるほど、勘違いしていた。
受信料は、受信できる機械(装置)ごとに支払うと思っていたけれど、世帯単位での契約でいいらしい。
はあ、すっきりした。

MZK-SC300N2到着

アマゾンからPLANEX MZK-SC300N2というイーサネットコンバータが到着。
アマゾンでは「PLANEX 手のひらサイズ 300Mbps無線LANコンバータ(子機)FFP-PKC03」として販売されている。


これにより、最近の地デジテレビやビデオレコーダーに付いている有線イーサネットを無線に変換して接続できる。

先日購入したビデオレコーダーにはDLNA機能がついているので、家庭内の閉じたネットワークでのビデオの配信に利用してみたかった。

イーサネットコンバータとルータの接続が終わり、LANケーブルにてビデオレコーダを接続。
ビデオレコーダ側でビデオ配信機能をオンにしたところ、iPad2に入れてあるDLNAクライアントアプリ「MLPlayerLite」にて、DLNAサーバとして認識。

安くて小さくても、きちんと動いてます。

2011-07-03

もうすぐアナログは停波。というわけで、地デジ対策。

というわけで、遅ればせながら、地デジ対策。

長い間使用しているPioneerのプラズマテレビを活かしながら地デジに移行するために、Regzaの地デジ・BS/CS対応チューナーを購入。

小さいけれど、チューナーとしての性能は備えている。

録画機に関しては買い直すしかないので、SONY BDZ-AT700を購入。

基本的には、よくあるブルーレイ+ハードディスクレコーダーだけれども、無線LANに接続すると、家庭内ネットワークでの映像配信サーバ(DLNA)となる。

無線LAN対応のコンバータが届いたら、接続してみよう。



2011-06-30

Office365 今後の中小企業にとってのIT化のあり方となるはず

中小企業にとって、自社のシステムのお守りというのは、とても負担だ。

たしかに、財務系や販売系でのパソコンの導入や、情報系(コミュニケーション)としてのメールを含むインターネット接続は中小企業といえども必須条件ではある。

けれど、サーバを立てるのは面倒だし、そうは言ってもファイル共有くらいは必要。

だからNASのようなネットワーク共有のハードディスクを用意しても、「それが壊れたらどうなるの?」という問題も当然出てくる。バックアップを用意しなければいけない。(東電の問題について、きっと社内で上がっていた「それが壊れたらどうなるの?」という声をかき消したのは誰だろう?)

そういった部分だけでも、NASと同期させた共有ファイルをクラウドに持つだけでも、価値がある。
個人レベルでは無料のDropboxに代表される無料のストレージで足りるけれど、小さいとはいえ企業が利用するには情報管理の安全性も考慮しなければならない。(絶対の安全はないけれど、より堅固と思える仕組みは欲しい。)

中小企業のIT化は必要なところから、コツコツと。
そして、導入コストが安い事。

そう信じてクライアントに提案し、ベータユーザーとしてテスト導入が進み、昨日、正式に導入事例として日本マイクロソフトからプレスリリースされた。
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=284811&lindID=1

最も安いプランPの導入であれば、1台から可能で、1台ずつ増やしていける(最大25台)。
1台あたり600円/月。
幾つかに分散した拠点でのビデオ会議とお互いのパソコンの画面を共有する事での意思疎通が簡単になる事。
これが、とっても大事。

この方法であれば、顧客との機密保持契約等により、クラウドに共有できないデータであっても、画面共有機能を利用しての打ち合わせも可能。
(クラウドだって全能ではない。情報管理レベルの高いデータは慎重に扱うべき。)

そして、エクセルに代表されるオフィスソフトの中小企業が必要とするほとんどの機能がウェブ上で利用可能。
当たり前だけど、新規作成、保存、再編集ができる。
手元のパソコンで作成したデータをOffice365に保存したデータの再利用も出来る。
この辺りは、クラウドと言うより、SaaS機能と考えれば良いのだろう。

使用しているソフトウェアの世代(バージョン)管理は正直面倒なので、これをクラウドにおけるというだけで、TCOの削減となり、目に見えない固定費が減少するはずだ。

いきなり、全ての仕組みを利用する必要なんて無い。
欲しい物を少しずつ、コツコツと。

2011-06-28

Kusuda Wine

そのワインを初めて飲んだのは、いつだっただろう?
7年くらい前だろうか?
場所は覚えている。
渋谷の「ワインバー Chinois」。http://www.chinois.jp/shibuyamenu.html
銀座の蕎麦「流石」の店主である藤田さんに、「今、行っておかなければいけない店」と言われ、連れて行っていただいた。
(あのときは、流石の立ち上げ準備の頃だったか?)

そこで、飲んだワインがKusuda Wineのピノノワールだった。
本当に美味しい赤ワイン。
「このワインは、すぐに手に入らなくなるから飲んでおいた方がいい」とも。

そして、少し時間が経ち、2度目にそのワインを飲んだのは、銀座の「流石」だった。
「少し手に入ったから」と。

そのワインを作った楠田さんが朝日新聞のGlobeに出ていた。
http://globe.asahi.com/breakthrough/110619/01_01.html
話だけ伺っていた醸造家の顔とインタビューを初めて拝見した。

良い物には、きちんとした値段がつく。
そこは、すごく大事な事だ。
人の手や才能が込められた物こそが「付加価値」である以上、正当に評価されている事がうれしい。
(一部引用)

南半球で秋が深まる4月下旬のある日、首都ウェリントンから車で1時間半ほど離れたマーティンボロを訪ねると、楠田は選果の真っ最中だった。みけんにしわを寄せ、傷ついたり、つぶれたりしたブドウの実をハサミで一つずつ切り離す。見た目に問題がなくても、口に含んで質が悪ければ房ごと捨ててしまう。
「おいしくないブドウでワインをつくれば味や色が落ちる。選果はワインの品質のために欠かせません」
機械を使って大量生産するワイナリーが多い昨今、楠田のように自らの目と舌でブドウを厳選するつくり手は減っている。
「日本人の完璧主義が、たぐいまれなワインを生み出している」。英国の著名なワイン評論家は、英紙フィナンシャル・タイムズで絶賛した。
現在、生産量は赤白あわせて年間1万本ほど。その7割を日本へ輸出する。ピノ・ノワール種のブドウでつくった赤ワイン(06年)は、08年にロンドンであった世界最大のワインコンテストで金賞を受賞。シラー種の赤ワイン(06年)は、日本航空の国際線ファーストクラスで提供されている。

2011-06-12

村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ

お金というのは、使い方を間違えると魔物となり、時には誰かの言葉を「伝えない」という魔物になる事がある。
この魔物がやっかいなのは、誰かの指示をうけて動くのではなく、お金が「過去の経緯とか繋がり」というものに変化し、誰かの気持ちを忖度して動く事だ。

その事を、大部分の大人は知っている。色々な場面で。

そんな時に、時代を表す「誰か」が代弁してくれたら、静かに心の中で拍手を送りたい。

村上春樹さんが、スペインの授賞式においてスピーチを行った。
当然、311について触れている。表現者として、日本人として触れずにはいられまい。
今回は、全て日本語でのスピーチだったと聞く。
あれだけ英語で堪能にスピーチをしてきた人が、あえて日本語で行う意味とは?
直接伝えたかった相手は誰?

新聞等では報道されたが、テレビでは授賞式のシーンはほとんど流れていない。
誰かの忖度が働いたのだろうか?


毎日新聞が全文を掲載した。
年月の中に埋もれたり、何らかの理由で掲載が削除されたりされる前に、引用しておきたい。

村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文

9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹さんの受賞スピーチの原稿全文は次の通り。(原文のまま)
 「非現実的な夢想家として」
 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。
 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。
 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。
 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。
 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。
 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。
 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。
 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。
 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。
 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。
 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。
 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。
 どうしてか?
 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。
 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。
 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。
 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。
 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。
 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。
 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。
 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。
 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。
 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。
 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。
 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。
日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。
 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。
 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。
 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。
 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。
 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。
 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。
 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?
 理由は簡単です。「効率」です。
 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。
 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。
 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。
 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。
 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。
 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。
 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。
 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。
 「大統領、私の両手は血にまみれています」
 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」
 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。
 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。
 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。
 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。
 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。
 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。
 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。
 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。
 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。
 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。
 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。
 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

2011-06-04

Goodbye iPad and Welcome iPad2

昨日、iPad2を渋谷のアップルストアで手に入れた。
WiFi 32GBのホワイトモデル。



そして、昨年発売と共にやってきたiPad(WiFi 32GB ブラック)が今日もらわれていく。
届いた日に保護シートを貼って、画面に傷つかないようにしてた。



1年間、いろいろなセミナーでのプレゼンや、夜11時台のニュースを見るときにウェブ経由で為替チャートの表示を手伝ってくれた。

ただ売ってしまうのは、何となく嫌だったので、また違う目的に大事に使ってくれる人の所へ。
きっと、お店の商品を訪れた人たちにお見せするプレートとしての役割だろう。
役立つな、きっと。

2011-05-16

めがね

最近、ZoffやJINSといった眼鏡のお店がより前面に出てきた気がする。

実際、使ってみたらどうなのか??

そう思って、地元のJINSに寄ってみたら、30分で仕上がるという。

というわけで、お試しとして購入。



20年前くらいに使用していた眼鏡に近いウェリントンの形で、少しクラッシック。

ラジコンヘリ

先日、お酒の席でラジコンヘリを見せてもらう。

かつて、模型好きな子供にとって憧れだったラジコンヘリ。
30数年前はびっくりするような値段だった。


時が過ぎ、小さいながらもホバリングまでするラジコンヘリが、およそ4000円。。
いいなぁ。欲しいなぁ。

電話

今日は、電話が多い。

そして、その電話のどれもが嬉しい内容ばかり。

「どうしているのか?」と考えていたら、久しぶりにかかってきた、虫の知らせ?
そんな感じの電話。

或いは、頼ってくれるような感じのアポの電話。

うまく表現できないけど、良い感じ。

2011-05-02

beer and wine @Four Hearts Cafe

過日、Four Hearts Cafeでビールとワインを頂いた。


こんなに腰を据えて飲むのも久しぶりだ。
赤ワインは、Beau Paysage TUGANE 2009




白として、機山洋酒工業のTraditional Brut。
http://kizan.co.jp/



美味しいってすばらしい。

2011-04-28

地震による電子基準点のずれ

「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」に伴い、電子基準点(GPS連続観測局)により、東日本の広い地域で顕著な地殻変動が検出されました。
この地域の基準点は、位置が大きく変動し、公共測量等で利用できないことが想定されるため、次のとおり取り扱います。

電子基準点は、連続的に地殻変動を観測していますが、測量の基準とするため、測量成果としての座標値が決められています。しかし、地震によってその座標値が変化してしまいましたので、座標値を決定し直す必要があります。

この対象地域に、山梨県も入ってます。

2011-04-22

LAVINIA @学芸大学

LAVINIA
http://r.tabelog.com/tokyo/A1317/A131702/13009652/
http://gourmet.livedoor.com/restaurant/1509/

ここのTea Punchがこの季節に美味しい。
アルコールを使っているから、車の人にはだめだけれど。
サンドイッチと共に。


オレンジフレーバーのプリンというのは初めて。
あ、オレンジだと思うけれど、でもプリンになってる。不思議。
あと、洋なしとクランベリーのタルトを少しずつ。

Plaza Premier @京王プラザホテル

今日の色々な話は終了。

311の震災を目にした今、アセットアロケーションの考え方も大きく変化し、同時に、幸福のあり方を再度考えなければいけない。
そう考えると、昨年の6月のセミナーでの「幸福の再定義」という主題は正しかったのかもしれない。

部屋に戻り、シャワーを浴びようとすると、全てのアメニティーがL'OCCITANEで統一されていた。
初めて使うけれど、肌触りと香りがいい。

こういう点もPremierなのね。




2011-04-19

iPadお出かけセットに仲間が増えたよ

ELECOM 折りたたみBluetoothキーボードTK-FBP017EBKをもらった。
これで、iPadでの文字入力も楽ちんだ。
ただ、英語配列のキーボードなので、英語入力と日本語入力の切換方法に注意が必要。
なぜか、付属の取扱説明書にも載っていない。

Commandキー+スペースキーで切り換えできました。



2011-04-09

今更ながら、DVDの記録方式に悩まされる

とあるイベントを記録したDVDをいただいた。
さっそく視聴しようとすると、エラー。
試しに、MacBook Pro + VLC 1.1.8で視聴すると、綺麗に映っており、音にも問題は無い。

マウントしたDVDの内容を見てみると、
volume: SONY_BD_RECORDER_VOLUME
folder: DVD_RTAV
・VR_MANGR.BUP
・VR_MANGR.IFO
・VR_MOVIE.VRO
となっていた。

ふつうのDVDの中身である「AUDIO_TS」「VIDEO_TS」フォルダが存在しない。

調べてみると、DVDの記録方式と記録メディアの違いにより、一般的なDVDプレーヤーでの再生が出来ない事がわかった。

DVD記録方式の違い(ビデオモードとVRモード)
http://kaden.johowave.com/dvd-rec/b-mtigai.html
DVDに記録されている映像はPCでも使われるMPEG-2形式で圧縮されたデータですが、記録方式として
・ビデオモード(DVD Video 規格準拠) 
・VRモード(DVD VR) 
・+VRモード(DVD+RW Video 規格)…あまり使われていません
の3種類があり、DVDに録画・ダビングするときは注意が必要です。
それそれのモードで使用できるメディアも違います。
ということで、どうやらDVDのVRモードにより記録されたものを頂いてしまったらしい。

仕方ないので、マウントしたDVDから「VR_MOVIE.VRO」を一度HDDにコピーし、ビデオモードへ変換する事とした。

と、ここまでフリーソフトでがんばるつもりで来たのだけれど、色々調べてみても、やろうとしている事と、フリーソフトが合わなかったり、或いは時間がかかりすぎる事がわかったりで頓挫。

結局、Roxio Toast 11が最も適している事と、RoxioのHPで30%引きになっていたので、購入。
やはり、良い物は良い。



2011-04-05

義援金に関する税務上の取扱 FAQ

義援金に関する税務上の取扱 FAQ
(PDFファイルになっています)
http://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h23/jishin/gienkin/gien_faq.pdf

災害に関する主な税務上の取扱い

「災害に関する主な税務上の取扱いについて」が公表されました。

募金団体を通じた義援金等に係る税務上の確認手続

東北地方太平洋沖地震に対しての義援金の税務上の確認手続が公表されています。
http://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/jimu-unei/hojin/020225/01.htm
http://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h23/jishin/gienkin/index.htm
http://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h23/jishin/gienkin/toriatsukai.htm

個人の方が義援金等を寄附した場合には、その義援金が「特定寄附金」に該当するものであれば寄附金控除の対象となります。
法人が義援金等を寄附した場合には、その義援金等が「国又は地方公共団体に対する寄附金」、「指定寄附金」に該当するものであれば、支出額の全額が損金の額に算入されます。

2011-03-30

トムソンロイターの記事 福島原発危機はなぜ起きたか

この署名記事の内容はポイント毎に整理され、それ故に、内容としての重みがあるように感じられる。
様々な形で流されたニュースを整理する上で有用だと思う。

特別リポート:地に落ちた安全神話─福島原発危機はなぜ起きたか
2011年3月30日(水)11:23
トムソンロイター
http://jp.reuters.com/article/jp_quake/idJPJAPAN-20331820110330
そして、同グラフは高さ15メートルを超す大津波が発生する可能性も示唆。リポートでは「津波の高さが設計の想定を超える可能性が依然としてありうる(we still have the possibilities that the tsunami height exceeds the determined design)」と指摘している。 
今回の大震災の発生を「想定外」としてきた東電の公式見解。同リポートの内容は、少なくとも2007年の時点で、同社の原発専門家チームが、福島原発に災害想定を超えた大津波が押し寄せる事態を長期的な可能性として認識していたことを示している。 

2011-03-29

リテラシー

来週会う予定の方とリテラシーについて話す事となっている。
同じ言葉で語っていても、言葉の意味が違っていて意思疎通ができない、そんな話になると思う。
言葉の意味がわからないと情報を解釈する力を持てないし、コミュニケーションが出来なくなる。順を追って考えることも大事だ。(communication breakdownと歌ったのはLed Zeppelin (笑))

ちょうどそんなときに、次の記事があった。
買いだめが起きたのも、リテラシーの問題か。。。

大震災、復旧ではなく復興を(その1) 情報リテラシーとだだ漏れ社会
生活に論理的思考と情報リテラシーを
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110325/1030902/?P=3&set=ml_a
結局のところ、非常時に起きるパニック的な買いだめ問題の解決法は、1人ひとりがどこまできちんと正確な情報を把握し、論理的に考えることができるかということに尽きる。

経済変動対策融資 山梨県

山梨県が行う「経済変動対策融資」に、平成23年3月24日から、平成23年東北地方太平洋沖地震により影響を受けた中小企業者を対象に加わりました。


2011-03-28

「放射線の健康被害ほぼない」-国立がん研究センターが見解

「放射線の健康被害ほぼない」-国立がん研究センターが見解

この見解は、素直にほっとする。
同時に、原発作業員の方たちに負担を強いている事もわかる。

はやく、負担を強いない発電所の時代が来て欲しい。

そして、その電気を使って、新しい産業の芽を作りたい。

NHKのドキュメント

NHK 現代史スクープドキュメント 1994年放送
原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~

風力発電で電気が全てまかなえる可能性

風力発電により、ケースによっては、東電が発電している全電力量に近い電力を得る事が出来る可能性があるようだ。
また、論文の中では、実現性の高い量として、2005年の東京電力の年間電力販売量の14%となることを示唆しているようだ。

全くの素人なので、流し読みして、論文の「まとめ」の中で気になったところを抜粋。

<科学技術情報発信・流通総合システム J-STAGE>
日本風工学会論文集第 32 巻第 2 号(通号第 111 号)平成 19 年 4 月
メソスケールモデルと地理情報システムを利用した関東地方沿岸域における 洋上風力エネルギー賦存量の評価
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jwe/32/2/63/_pdf/-char/ja
本研究ではメソスケール気象モデルにより関東地方沿岸の洋上風況を予測し、地理情報システムにより社会的、経済的制約条件を考慮した風力エネルギー賦存量を算出し、以下の結論を得た。
(中略)
海岸からの距離50kmまでの全海域を対象とした場合に、風力エネルギー賦存量は年間287TWhとなり、2005年の東京電力の年間電力販売量とほぼ等しい。
(中略)
浮体式基礎を含めた場合、賦存量は大きく増大し、設備利用率が30%以上となる海域を対象とした場合、最も厳しい社会的制約条件を課したシナリオでも賦存量は100.59TWh/yearに達する。また、この場合、水深20〜200m、海岸からの距離10〜30kmまでの海域に、東京電力の年間電力販売量の14%に相当する39.32TWh/yearの賦存量が存在するため、この海域を対象として今後の技術開発および詳細な計画の立案を行うのが妥当であると考えられる。


2011-03-27

「想定超え」津波は考慮せず=原発耐震指針の委員長

これについても、先日書いた「冗長化」の考え方の延長にある気がする。

考えて、考えて、それでも考えてやったとしても、必ず「想定外」という事態は、人の行いには必ず訪れる。
その時に、原子力にだけは「想定外」はあってはいけないと思う。

文中の、「コンセンサスを得るのは難しかった」という言葉に、行政と事業者の考えがにじみ出ている気がする。


「想定超え」津波は考慮せず=原発耐震指針の委員長―被害経験なく「責任痛感」
津波被害によって深刻な状況が続く東京電力福島第1原発について、国の原子力安全委員会の耐震設計特別委員長を務める入倉孝次郎京都大名誉教授(強震動地震学)が27日までに取材に応じ、「想定超えは常にあり得るという設計思想が、津波に対しては浸透していなかった。責任を痛感している」と語った。
入倉さんは地震の揺れの専門家。2006年に改定された原発の耐震設計審査指針や、既存原発の耐震性再確認の手法を検討した。「揺れに対しては、制御棒も動作し原子炉は止まった。指針では想定される地震を大きめに考えるが、それでも上回る可能性がある。そのリスクを考慮するのが原発の設計思想」と話す。原発を造る側から「起こりえないことまで考慮してはきりがない」と反発もあったが、05年の宮城県沖地震や07年の中越沖地震で原発が想定以上の揺れに見舞われ、原発の耐震性再評価につながった。
改定指針で、津波の記述は「地震に伴う随伴事象」としてわずか1項目だけ。断層調査や建物の強度など、地震の項目が多岐にわたるのに比べると極端に少ない。
入倉さんは「地震も津波も同じ自然現象。常に想定を超える可能性がある。機器が水をかぶっても、他に回避する方法があるのが原発の設計思想のはずだ」と指摘。「今回の事態を見ると、今まで言ってきたことは何だったのかという気がする」と悔しがる。
指針の中に、津波の想定を詳しく書くべきではなかったか。入倉さんは「指針はとても強いもの。書かれると事業者も規制当局も何とかしないといけなくなる。地震と違って過去に津波被害はなく、コンセンサス(合意)を得るのは難しかった」と明かした。

2011-03-26

こんなことまで想定していたのか? 妊婦ら関西へ、「避難出産」増加

妊婦ら関西へ、「避難出産」増加

原子力発電に関する法律や制度を立案し進めてきた自由民主党や電力会社関係者、法案に賛成した国会議員、その国会議員を選出してしまった有権者と呼ばれる国民。
たとえ、その議員に投票していなかったとしても、多数決による民主主義のルールにより受け入れた事となっている。
こんな事、誰かが想像した事があったのだろうか?

知らないうちに、議会制民主主義の名の下に、自分も含めて国民は原罪を背負わされてしまった気がする。

エネルギーのあり方・冗長化のあり方・ライフラインのあり方

いろいろ考えてみても、これだけの人口と産業、情報化された社会を保つためには電気エネルギーが必要であることは誰も否定できないと思う。
今回の震災において、エネルギーは必要なんだけれど、それを生み出す方法が原子力依存で良いのか?という疑問が突きつけられてしまった。

その問題を考えてきた人たちは前から多くいたのだけれど、自分は「科学による安全性維持」を信じすぎていたのかもしれない。あるいは、「科学者の想像力」を信じすぎていたのかもしれない。想像力と空想力が無いと科学が進歩したり、研究できたりは出来ないと思っていたから。

システム関連の言葉で「冗長化」と「フォールトトレラント」という言葉がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/冗長化
http://ja.wikipedia.org/wiki/フォールトトレラント設計

どちらも、何かのトラブルが起きたときに、そのトラブルによりシステム全体が停止しないようにすることを目的とした考え方になると思う。
ただ、どの範囲までを想定してシステムの安全性を保つかは、例えばITであれば、システムに投資できる金額(予算)や発生の確率、あるいは万一停止した場合に復活させるコストのバランスの中で決定されることが多い。

平成23年3月26日(土)の朝日新聞朝刊の投書欄に次の様な投書が載っていた。
(抜粋、言葉は原文のまま)
福島第一原発関係者の「想定外」という言葉を聞き、10年ほど前の東京電力運営の「電力館」(東京・渋谷)での出来事を思い出した。たまたま立ち寄ったのだが、小学生が10人ほど見学に来ていた。
その中の一人が案内役の女性の「質問ありますか」の声に元気に手を挙げ、災害時の原発の多重の安全性について質問した。
小学生「これが壊れたら?」
女性「その場合はこれが働くので大丈夫です」
小学生「じゃあ、もしそれも壊れたらどうするんですか?」
女性「その場合にもこれが働くので大丈夫です」
小学生「それも壊れたら?」
女性「そんな事はありません!」
説明に窮した案内役の女性はとうとう怒り出してしまった。
(以下、略)

同じ日の朝刊に、次の様な記事が出ていた。
「電源喪失、想定できぬ」 保安院・安全委の両トップ、過去に
(抜粋、言葉は原文のまま)
現在の原子力安全委委員長の斑目春樹氏は、東京大教授だった当時の07年2月、中部電力の浜岡原発をめぐる訴訟で中電側の証人として出廷。原発内の非常用電源が全てダウンする事を想定しないのかと問われ、「割り切りだ」と話していた。
この際、「非常用ディーゼル2個の破断も考えましょう、こう考えましょうと言っていると、設計ができなくなっちゃうんですよ」「ちょっと可能性がある、そういうものを全部組み合わせていったら、ものなんて絶対造れません」などと証言していた。
斑目氏はさらに続けた。「我々、ある意味では非常に謙虚です。聞く耳を持っております」「ただ、あれも起こって、これも起こって、これも起こって、だから地震だったら大変な事になるんだという、抽象的なことを言われた場合には、お答えのしようがありません」
 


これについては、次の様な報道もされていた。

原発設計「想定悪かった」原子力安全委員長
班目氏は「割り切り方が正しくなかったということも十分反省している。原子力安全委員会は原子力安全、規制行政に意見を言う所だが、抜本的な見直しがなされなければならないと感じている」と語った。
この記事と、前記の投稿が同日の新聞に掲載されていた事で、システムの安全性を保つ冗長化について考えさせられた。

何回かに1度起こる確率のあるリスクにどのように対処するか?
そういった考えを突き詰めていくと、斑目氏の答弁のような回答になってしまう。
ただ、確率においてどれだけ小さな数字となったとしても、絶対0にはなりはしない。
そして、これらの考えには「健康リスク」は大きく取り上げられていない。

この前提の前で、企業が行うIT化や設備投資計画と同様な発想の元に、特に長い時間の問題を残しそうなライフラインを考えても良かったのだろうか?
技術的に出来ることと、確率論を超えた健康被害に対する安全性を確保すべきものを分けて考えられないのだろうか?

自問自答している。




2011-03-20

日本加油 Pray for Japan from China town in US

アメリカの中華系TV局HTTVを中心として、募金活動が行われます。

以下、アメリカの友人から届いたメールの抜粋です。

-------ここから-------------------

救済の模様を伝えるニュースが、少しずつ多くなってきました。
でも、まだまだ、救援も物資も届かない場所もたくさんあるとの報道も目にします。

被災された方々には、心よりお見舞いを申し上げると共に、犠牲になられた方、並びにお知り合いにいらっしゃる方にも、心よりお悔やみ申し上げます。

さてJ-goodsでは、中華系TV局、HTTVの申し出により、一緒に募金活動を行うことにしました。

中華系からの、「日本のために何かをしたい。出来れば日本人と一緒にしたい」との申し出を受け、J-goodsとして、彼等の声援を、きちっと日本に伝え、届けることを約束しました。

1、中華系TV局HTTVチャンネル66.2は、番組を通して義援金を募ります。

2、中華系のアーティストや企業、さらに日系企業から作品や商品の寄付を募って、チャリティーオークションを番組を作り、彼等のHPにも掲載します。

3、集まった義援金は、南加県人会協議会を通じて、被災した県に直接送ります


http://j-goods.seesaa.net/article/191517528.html

阪神淡路大震災を参考に

<阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター>のHPより
「阪神・淡路大震災教訓集」
英語、スペイン語、ロシア語の翻訳有り。

<内閣府>のHPより 
阪神・淡路大震災教訓情報資料集 
情報のデータをPDFとしてダウンロード可能


2011-03-19

エミリー・ディキンソン 天声人語より

平成23年3月19日(土)朝日新聞朝刊 天声人語より
http://www.asahi.com/paper/column20110319.html
失意の胸へは
だれも踏み入ってはならない
自身が悩み苦しんだという
よほどの特権を持たずしては――
(中島完(たもつ)訳)

2011-03-17

日常と非日常 @Four Hearts Cafe

お店を開け続けていることに敬意を表して。

2011-03-16

マグニチュードの差は何をあらわすのか?

マグニチュードで地震の「エネルギーの大きさ」を表すことは何となく知っていても、そこで表されている数字が1違うと、「エネルギーの大きさ」がどれくらい変わるのかを知らない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/マグニチュード
リンク先で見てみると、
地震が発するエネルギーの大きさをE(単位:J(ジュール))、マグニチュードをMとすると
log10E = 4.8 + 1.5M
という関係がある(マグニチュードの計算に用いる対数は常用対数である)。
ということらしい。

Keisan presented by Casioというサイトに「マグニチュード差による地震規模比」という計算式があったので計算してもらう。
http://keisan.casio.jp/has10/SpecExec.cgi?id=user/2006/1300018697
地震のエネルギーをE、マグニチュードをMとすると
log10(E[erg]) = 11.8 + 1.5 * M あるいは log10(E[J]) = 4.8 + 1.5 * M
の関係があります。ここから2つの地震のマグニチュードをM1,M2とすると、エネルギー比は
ΔE=10^(1.5*(M1-M2))
になります。
リンク先に、マグニチュード9とマグニチュード8の差を計算させると、地震エネルギー比は31.6227766倍、マグニチュード9とマグニチュード7だと1000倍、マグニチュード9とマグニチュード6だと31622.7766倍となった。

様々な建造物を設計するときに耐震としてマグニチュードの数値を検討していると思われるが、1違うだけで約32倍も変化するのであれば、建造物に対しての投資コストも大きく変化する。
それを現実に目の当たりにしてしまったのが、今回の震災だと思う。




2011-03-13

原子力資料情報室 記者会見/videonews.com

地震と津波という異常な状況に、放射線被爆の可能性という問題も加わる。

偶然にも原子力発電所も被災したが、それにより現実として起きたトラブルについて、色々な立場からの検証が必要になることも事実だろう。

2011-02-27

2月ももう終わり

もうすぐ2月が終わろうとしている。
時間の経過が早い。そして、本当に忙しい月であった。

今年の2月は、土曜日と日曜日が8日あり、祝日が1日あった。
ということは、通常営業日は28日から9日を引いた19日間。

この間に、普段の年では入らない予定が6日間あった。
つまり、13日間で19日間分の業務を行ったということか。。
1.46倍の稼働率。
1日7時間の業務として、平均3時間ずつの残業と同じ。

忙しかったはずだ。。

2011-02-24

結婚式

19日に久しぶりに結婚式に出席。
良い結婚式でした。

2011-01-22

セミナー当日

前日の懇親会で、当日のネタを一部話してしまったので、少し早起きをして内容を変更。
京王プラザ31Fの部屋から見る朝焼けがきれいだ。



 ホテルをチェックアウトし、会場であるグリーンタワーへ歩く道すがら、とても寒いけれど、澄んだ青空の冬晴れだ。


2011-01-21

iPad お出かけセット

セミナー講師としてお出かけ。
最近では珍しく、前夜に懇親会を行い、翌日朝からセミナー本番の流れ。

こういうホテルを用意されて出かけるセミナーの場合、Mac本体を持参するよりも、iPadに入れて出かける方が荷物が軽くて良い。


iPad本体・電源ケーブル・プロジェクタに接続するケーブル・Air Mac express・LANケーブルの5点セット。